婚活アプリ 24歳 元保育士Mとの出会いの事例

 

 

先日は、まるで夏の前のような南風の匂いに街中が包まれ現実逃避をさせてくれたが、何を隠そう師走はクリスマス。独り身の人間には胸を突かれる装飾や音楽が街に溢れている。

 

かつて「出会い系」と呼ばれていた仕組みは、スマートフォンの発達により敷居が低くなり、「(婚活)アプリ」と呼び名を変えて、若い女性が口に出すことも憚られない程に市民権を得ている。


かくいう私も、背に腹はかえられぬということで今年これに初めて課金をしたのが、未だに結婚に結びつくような出会いはにはありつけていない。


ところがこのアプリの用途は、かつての様な“出会い”だけに限られず、様々な使い方がなされていることがわかった。


その一例は
「詐欺」である。


もともとこういった出会い系は、男が身体目的の下心で使ったり、前述のような詐欺の用途に供されていたことは周知の事実である。しかしスマホで気軽に出会える仕組みが確立され、悪用のハードルもかなり低くなってきた。


今回、日記に記したのは、私自身が身をもって体験したことを、面白かった体験として残したかったのが理由である。

 

 


12月初旬。クリスマスを控え、出会い市場はこれまでより活気に溢れている。
私もこの時期のピンチはチャンスだと前向きに捉えて、とにかく数を打ってみようと積極的にトライしている。


プロフィールなんて丁寧に読んだって、相手から気に入られる確率は1%以下である。そこで、最初に表示される写真をパッと見て、なるべく大人数になるイイねをしまくる、という戦略で挑んでいた。


「M(仮)、24歳。」

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彼女は即座にイイねを返してきた。


お互いの仕事の話など、一言二言のメッセージのやり取りで、即座に会う約束を向こうから提案してきた。


見た目が気に入っていたこともあり、拒否する理由もないので二つ返事をし、当然、男性である私からお店の提案を行いリードしていく。つもりだった。


女子ウケが良さそうな店を探していたところ、Mからメッセージが入る。


内容は12時にA珈琲店で落ち合う提案。よくある綺麗目なチェーン店だ。


メッセージのやり取りの段階から、私の素性もよく知らないのに積極的に会うことを提案してくるあたりで怪しさは感じていたが、異性との初めての待ち合わせなのに商談でも使いやすい珈琲店での待ち合わせの提案で、確信した。


これは99.9%、ネズミ講か宗教への勧誘だ。


しかし、0.1%の可能性と、プロフ写真が悪くない女の子とリーズナブルに話せる時間を手に入れられることは、ネズミ講に勧誘されるリスクを買ってでも、面白いと思い、この誘いに敢えてハマってみる素振りを見せて、会うことにした。


仮にいきなりホテル等、密閉された空間で会うならば、後から屈強な男たちが出てきて身包み剥がされるリスクがあったが、Mとの待ち合わせは喫茶店。相手は嘘じゃなければ24歳の女子。腕っ節の勝負ではなく、弁論の勝負のフィールドならば私が圧倒的に不利ということはない。リスクは低いと判断した。


程なくして、待ち合わせの時間。MはA珈琲店で先に席についていた。「会いやすいように」という口実で、会う前にLINEのIDを聞いてきたが、ここは上手くかわしておいた。これもMが黒であることを匂わす要素だった。


席に行くとMが居た。アプリの写真自体の詐欺も興味深い要素であったが、とびきり可愛い感じに撮れていたプロフの写真とは同じでないにしろ、本人であることはかろうじてわかった。かろうじて。


まずは少ないヒントから状況判断を試みた。Mの頼んでいた飲み物のグラスは待ち合わせ時間ちょうどにも関わらず、飲み干されて、溶けた氷の水が溜まっていた。また、飲みかけのお冷のグラスが2つあり、私が着座すると焦ったように、使用済みのお冷グラスのうち1つを店員に片付けさせた。私の前の“被害者の遺品”であろう。


アイスブレイクの会話が始まる。もう相手のグラスの氷は溶けているのに。


Mを黒だと確信した私は、相手のやり口を観察することが最大の目的にシフトした。


まず名前を聞いてくる。これは普通の子と会った時でもよくあることだが、Mはフルネームで聞いてきた。即座に用意していた偽名を使ったが、その後もそれとない雰囲気でこちらの様々な情報を聞き出そうとしていた。


次に仕事の話である。私が事務職であることを伝えると、Mは自分の職歴の話をし始めた。


保育の短大に通ったのち、3年間地方の保育園で働いていたが、もっと“効率的なお金の稼ぎ方”を知ったおかげで、今は定職につかず中目黒で暮らしている、といった内容だった。


Mが話す身の上話がどこまで真実かを知りたかった私は、色々質問した。幸いなことに保育士の仕事について他のひとより精通している私は、Mの話を聞いていく上で、保育士として働いていたことの真実味は大いにあることが判断できた。


Mは、私が自分のペースで“商談”ができない相手だと察したようで、話を現在の日本人の働き方についてにシフトさせた。


日本の労働時間が先進諸国に比べて長いことや、一生懸命働くことの無意味さなどである。一般的な保育士の子達からはなかなか聞くことのない社会に対する知識がある風のトークや、サラリーマンの無情さに漬け込むようなトークは、Mがこれまでの商談で身に付けてきたスキルなのであろう。


しかし、もっともらしく聞こえる社会のニュースに対する見識は浅はかであり、出会い系で連れたチョロい魚だと思っていたであろう私の有している知識にマウントを取れず、バツが悪そうにしていた。


話を聞いていくと、どうやら投資話の持ちかけがMの目的のようである。すっかり私がチョロくないことを悟ったMは、商談を深く進めることはやめたようだが、金をどこかに預けることでお金が増え、日本のサラリーマンのように仕事をたくさんしなくても稼げる、という誘い文句で数々の男性たちをカモにしてきたようである。


Mが上手く戦法を繰り出せなくなってきたので可哀想に思った私は、さも投資話に興味ありげに、楽してお金欲しい、とか、相手が次に繰り出すであろうパンチを出しやすいようにパスを出した。彼女も馬鹿ではない。私の目をしっかり見て、説得力があるような演出を試みている。だが、彼女のパンチは私の身体を透かし、目の前のテーブルにポロポロと落ちていくようだった。


ある程度Mの手口がわかったところで、こちらからも色々仕掛けてみる。どうして保育士を辞めたのか(どうして今のビジネスをしているのか)とか、両親がどう思っているのか、とか、同棲中の彼氏は何をしているのか、とか。(彼氏いるんかーい!笑)

 

 

 


さて、田舎で保育短大に入り、保育士として3年間勤め、上京してネズミ講をしている目の前のMは、見た目は普通のまあまあ可愛い女子だ。その話術や勉強する能力があれば、普通のいい男を捕まえ、普通に幸せな人生を送ることもできるだろう。この子は何を思い、何を叶えたくて、自分の力をそんなことに使っているのか。田舎から上京してきた女の子のストーリーをあれこれ妄想して楽しむことができた。


1時間の静かなるバトルを終えたところでMは長めのトイレ休憩をとった。友人に会うのでこれにて、と言った。Mは私の時と同様に、店を去らず次の魚への仕事に移るようである。


私は伝票を持ち、一人で会計に向かった。自分の飲み干した珈琲代を支払い、残りは席に残るMに支払わせるよう店員に申し付けた。思えば、私の珈琲代をMに押し付けることもできた。


しかし、若い女の子でありプロの詐欺師の端くれでもあるMとの1時間のバトルは、私のコミュニケーション方法のバリエーションを増やすためにも、今後もっと強い詐欺師と戦わなければならない時の練習のためにも有意義なものであり、珈琲代をなすりつけることはナンセンスに感じたので、それはしなかった。


今もMは、東京でひとり、頑張っている。